早大学院受験記⑦

中二の夏期講習はどうだったかなぁ~

サッカーやってた記憶しかないけど。夏休みにスーパーで会ったママ友が「うちの子コロナで部活も全然ないし、大会も無くなっちゃったからする事なくて勉強ばっかりしてたらこないだ10位以内に入ったの!」と喜んでて。

する事ないからって勉強するような素晴らしいお子さんもいるのね~と思った夏休み。

2学期は本来行事があれこれあるはずだけどコロナ禍で何もかも中止か縮小。

それでも先生方はあれこれ考えてやってくれてたなぁ。

クラス内に感染者が出たので濃厚接触者となり塾にも行けない時期などもあったけどサッカーにも行けずに時間が出来たせいか中二の中間から450超えになり学内順位も10以内に。

多分この頃に塾の教室長と志望校について話をしていて。

学校の先生に話したように明治が中央の付属に行きたいと言ったら

「行けそうな所を目標にするな。明治が中央に行けそうだと思ってるなら目標は早慶だ。そこ目指してれば明治中央は受かるから」と発破をかけられたそうです。

 

実はわたくし家から通える付属高校を彼が付属に行きたいと言い出す前から調べておりまして。駅からの距離とかバスも使うかとか、高校入試があるかとかあれやこれや。

一応早慶もね。ただキャラクター的に慶応じゃないな、と。

慶応職員が知人にいる為色々聞く話からもうちの子慶応じゃない。

早稲田なら共学なら本庄が実業。でも実業はあまりに募集人数が少ないから現実的なのは本庄だけど遠すぎるよな~でも学院は男子校だから、選ばないよな~などなど一人考えておりました。

そして出した答えは「まぁうちの子早稲田とか無理だろうし、現実的には男子校だけどやっぱり明中かな」でした。

そんな親の思惑も知らずある日模試を持ち帰ってきて「第一希望は早大学院に決めた」この一言から早稲田大学高等学院への受験が始まりました。

この時の模試が偏差値70。